どうも!minemoです。
お元気ですか? お元気だと嬉しいです!
皆様は、「コンプレックス」をお持ちですか?
デザイナーとして、未経験で働いている私も「なぜ美大を出ていないのだろう…他に凄い人は沢山いるのに…もっと体系的に学んでおけばよかった…」など、多々思うことがありました。
おそらく、この記事を読んでいる方は、何かしら「美大を出ている方々」にコンプレックスを抱き、そして「美大を出ていない自分」に少なからず劣等感をお持ちの方なのではないかと思います。
今回の記事では、それに対するアンサーを悩み別に書き起こしてみました!
結局、何で悩んでいるかがわかれば、それに対してアプローチすればいいので、半分解消したようなものです!
それでは、見ていきましょう!
・美大コンプレックスを克服したい人
「美大に行っておけばよかった」…ってつまりどういうこと?
「絵が上手くないから」美大に行っておけばよかった
これから学んでいきましょう!
「美大に入れば絵がうまくなる」のは、因果関係が逆で、「絵がうまかったから、美大に入れた」ということになります。
美大に入るために絵がうまくなりたい、というのは本末転倒です。
なので、「今、絵がうまくなりたい!」と思っているなら「今から絵をうまくする努力をしていけばいい」んです!
今、気づいたのなら、ここから変えていきましょう!ヤッター!
幸い、いろんな教材やYoutubeで資料もありますし、モチベーションをアップするものも頒布されています。
これから、やっていきましょう!
「体系的に学べていないから」美大に行っておけばよかった
これから学んでいきましょう!(part2)
正直、大学の授業も話半分で聞いていましたし、昔に戻ったとしても、果たして真面目に授業を聞けていたのか?と思います。
「今、あなたがそれを学びたい!」というモチベーションがあることが大事です!
美術史、デザイン史、まとまった本があります!講座もカルチャースクールも行くことも、可能です。
余談ですが私がメチャクチャ好きだった恩師がカルチャースクールの講師をしているので、再び受けようか迷うこともあります。
これから、やっていきましょう!
「肩書きがないから」美大に行っておけばよかった
眩しい、眩しいですね。こればっかりは。
「藝大出」「多摩美出」「ムサビ出」「金美出」etc.
うおお、めちゃくちゃ輝いて見えます。
そこに入るまでの努力を積み重ねた上での入学・卒業なので、わかりやすい指標になるのはごもっともです。
私も私立文系出たところで「へー、そこ出てるんだ」という会話の種にしかならず、仕事で活きた経験がありません。
そうなんです。
どれだけ自分が思ってるいい大学、有名大学、有名どころを出たとしても、そこからどう行動するかは自分次第です。
それ単体ではあまり意味をなさないと思います。
今からやっていきましょう!
それでももし「美大卒のカードがほしい!」と思っている方は、通信教育課程もあるらしいです。
高校生の時に夢を追っておけばよかった
そもそも「美大を目指す選択肢」として立ち上がってくるのは、高校生の時の進路選択によるものだと思います。
「絵を描くのは好きだったけど趣味でいいや」となぁなぁにしていて、結局、行きたかった国公立の大学も落ちて、滑り止めの私立大学を卒業しました。
地方だったため、「医者を目指すか公務員を目指すか」がまともな世界線で行きていたので「デザイナーになる」「漫画家になる」「イラストレーターになる」という大それた夢を描くほどの、才能や努力をすることを諦めていたように思います。
当時、ロールモデルになる大人や物語が身の回りにいなかったこともあり、夢を抱いたとしても心の炎に水をかけることを無意識にやってのけていました。
こういうことを言ってくれる大人に出会いたかったですね。10年前に『ブルーピリオド』があれば、私の人生は全然違ったものになったのだろうと思います。まぁ、今更ずべこべ言ってもしょうがないので、もう言いませんが。
それを差し置いても「美大!ウオォオ!」と燃えている主人公たちがとても素敵で「読んでよかったな〜!」と思うマンガです。
気が向いたら読んでみてください。
おまけ:私の場合、12年を無下にしたことに気づいて真顔になりました
今まで気づきもしなかった「美大コンプレックス」について、なぜ私が気づいたか。
それは、自分の足で稼げるようになってからでした。
前のブログ記事で「手取り14万の時に、心が死にかけた話」を書きました。

これを紐解いていくうちに、私の深層心理として
という、なんというか「奢っていた自分にぶち当たった」という感じです。それからより深く自分の内面に潜っていくと、
と自覚して、この記事を書くことになりました。
私が高校生だった頃、家計が金銭的に余裕がない状態だったので、両親からは「お金がない」「だがminemoの好きなようにしていい」とダブルバインドをかけられていて、身動きが取れませんでした。
私には下に3人妹弟がおり、両親は4人共大学に行かせたいと小さい頃から聞いていたので、長女である私はおとなしく親に従っていたように思います。下の兄弟の大学費用の捻出のために、様々な習い事を辞めて、勉強に専念していた記憶しかありません。
わたしは親に「美大行きたいし、美術予備校も行きたい」と相談することもなく、心の炎に水をかけて、見なかったことにしました。
自分で生計を立てていくことで、はじめて「あ、美大あきらめたことさえも気づかないまま12年経ってしまったのだな」と辿り着いた形になります。
なので、自分では思ってもなかった大学出たけど、ちゃんと自分や家族を幸せに出来るくらいの給料貰えるように、ビシバシ働こうと思います!
まとめ:コンプレックスは気づいた時点で半分解消済
以上になります!
昔を思い返して「美大を目指していれば…」「お金があれば…」「こうであれば…」と思うことはありますが、今から変えていくしかありません。
今、心に宿った情熱の炎を消さず、燃やし続けることをやっていきましょう。
そうすれば自分の人生をより豊かに、納得のいくものにしていけると思います。
それでは素敵な脱・美大コンプ生活を〜!